今日だって、最初は怒るつもりはありませんでした
今日だって、最初は怒るつもりはありませんでした
――宿題さえなければ、こんな夜にはならなかったのに
夜9時。
食器を洗う音だけが、台所に小さく響いていました。
私は一度手を止めて、リビングの時計を見ました。
もうこんな時間か。そう思いながら、そのまま自然とテーブルの方に目がいきます。
連絡帳と筆箱は出ている。
でも、肝心の宿題ノートは、まだランドセルの中に入ったままでした。
ソファでは、息子がスマホを見ています。
何をそんなに真剣に見ているのかな。
ただぼんやり眺めているだけなのかな。
そこまでは分かりませんでしたが、少なくとも、宿題に向き合っている様子ではありませんでした。
「宿題、まだやってないよね」
できるだけ普通に話すつもりでした。
責める感じにはならないように。
最初から嫌な空気にはしたくなくて、なるべく軽く、いつも通りに伝えたつもりです。
でも息子は、画面から目をそらさないまま、短くこう返しました。
「あとでやる」
あとで、か。
その言葉を聞いたのは、
今日、これが最初ではありませんでした。
何回目かまでは覚えていた気もします。
でも、もう数えるのをやめてしまうくらいには、何度も聞いていた言葉でした。
私はもう一度、時計を見ました。
お風呂もある。
明日の準備もある。
寝る時間だって、もちろんある。
本当は、ただ宿題をやってほしいだけじゃないんです。
ちゃんと今日やるべきことを終わらせてほしい。
明日困らないようにしてほしい。
自分のことを、少しずつでも自分で整えられるようになってほしい。
そんな思いが、時計を見るたびに、
胸の奥でじわじわとふくらんでいくのを感じていました。
私はまた、息子の方を見ました。
さっきと同じ姿勢で、同じようにスマホを見ています。
その後ろ姿を見ながら、私はこの時、まだ怒るつもりなんてありませんでした。
ただ普通に声をかけて、普通に動いてくれたら、それでよかったんです。
本当に、最初はそれだけだったんです。
怒りたかったわけじゃないのに、
言葉は強くなっていきました
「あとでやるよ」
その一言を聞いて、私はすぐに言い返したわけではありませんでした。
本当は、そのまま自分で気づいて動いてくれたら、
それが一番いいなと思っていたんです。
本当ですよ。
だから、もう一度だけ元の作業に戻りました。
食器に手を伸ばして、水の音を聞きながら、
今はもうちょっとだけ待とう、もう少ししたらきっと動いてくれる、
そんなふうに思っていました。
でも、待っても待っても、息子はそのままでした。
もう一度時計を見る。
また時間だけが進んでいる。
なのに、ソファの上の息子の姿は、ほとんど変わりません。
スマホを持つ手だけが、ときどき小さく動いているだけでした。
「ねえ、先に宿題やっちゃいなよ」
今度も、なるべく普通に言ったつもりなんです。
強くならないように。
嫌味っぽくならないように。
自分でも少し気をつけながら言ったつもりでした。
でも、返ってきたのは、やっぱり同じでした。
「あとでやるって」
その言い方に、胸の奥が少しざらっとしたんですよね。
言い返したいわけじゃないんです。
言うことを聞かせたい、
というだけでもないんだと思います。
ただ、やるべきことを先に終わらせてほしい。
本当は、それだけなんです。
それなのに、こっちが何か言うたびに、会話が前に進む感じがしない。
なんというか、雲をつかむような感じでした。
届いているのか、届いていないのか。
届いていても、動く気がないのか。
そのあたりもよく分からないまま、
モヤモヤだけが残って、時間だけがどんどん過ぎていきます。
私はまた時計を見ました。
お風呂に入る時間もある。
明日の持ち物の確認もしなきゃいけない。
寝る時間だってある。
朝になればまた学校があって、バタバタして、また同じような一日が始まる。
そういういろんなことが、今度は頭の中でぐるぐる回り始めるんですよね。
宿題をやっていない。
ただそれだけのことのはずなのに、その先のことまで一気に押し寄せてくる。
この子、このままで大丈夫なのかな。
こんなふうに先延ばしばかりしていて、本当に困らないのかな。
今のうちにちゃんと向き合えるようにならないと、まずいんじゃないのかな。
本当は、怒りたいわけじゃないんです。
でも、モヤモヤはどんどん大きくなっていく。
そのモヤモヤが、焦りに変わっていく。
そして、その焦りは、いつの間にか言葉を強くしてしまうんです。
「いい加減にしなさいよ」
「何回言わせるの」
「一体、やる気あるの?」
言った瞬間、自分でも分かるんです。
ああ、今、強くなっちゃったなって。
でも、その時にはもう止められないんですよね。
言葉が出た後に、自分の声の強さだけが部屋の中に残っている感じでした。
息子は、やっとスマホから目を上げました。
でも、何か言い返すわけでもなく、ただ黙ってこちらを見て、それからすっと視線をそらしました。
その顔を見た時、私は少しだけ、
あ、ちょっと違ったのかもしれない、
そんなふうに感じたんです。
でも、その時にはもう、さっきまでの普通の空気には戻れない。
そんな感じでした。
本当に苦しかったのは、
怒ったことより、その後の空気感でした
強く言ってしまった後、息子はしばらく黙っていました。
何か言い返してくるわけでもない。
「わかったよ」と素直に動いてくれるわけでもない。
ただ一度だけ、こちらをじっと見て、それからすっと視線を落として、またスマホに目を戻しました。
でも、さっきまでと同じように見えて、もう同じではなかったんですよね。
部屋の空気が、明らかに変わっていました。
ほんの少し前まで、食器を洗う音やテレビの小さな音や、生活の音が流れていたはずなのに、急にそれが遠くなったような感じがしたんです。
こっちも何か言いたいような、でも今さら何を言えばいいのか分からないような、そんな重たい沈黙だけが残るんです。
息子は結局、しばらくしてから重たそうに立ち上がって、ランドセルの中から宿題を出しました。
一応、動いたんですよね。
その場の状態だけを見れば、
「言ったからやった」
そう言えなくもないのかもしれません。
でも、私の中には全然そんな感じはありませんでした。
なんか違う。
こんなふうにやらせたかったわけじゃない。
宿題をやらせることは大事なはずなのに、
今この場に残っている空気は、それとは全然別の、もっと嫌なもののように感じたんです。
息子は無言のままノートを開いて、机に向かっています。
こっちも、もうそれ以上何か言う気にはなれませんでした。
さっきまであったはずの普通の会話が、どこかに消えてしまったみたいな感じでした。
私はこの感じが、本当に苦しかったんです。
怒ってしまったことも、もちろん苦しい。
言い過ぎたかもしれないことも苦しい。
でも、それ以上にしんどいのは、その後に残るこの空気なんだと思いました。
子どもは黙ったまま。
こっちも、なぜか言葉にならないまま。
お互いに、何か嫌なものが喉の奥に引っかかったような、そんなものを残したまま、時間だけが過ぎていく。
一応、宿題はやってくれているんです。
でも、良くなった感じは全くしない。
むしろ、何か大事なものを少し失ってしまったような、そんな感じだけが残っていました。
その時、私はなんとなく気づいていたんだと思います。
本当に苦しいのは、怒ったことそのものじゃなかったんじゃないか。
その後、親子の間に重たいものが残ってしまうこと。
大切にしていた何かが切れたまま、その夜が終わってしまいそうなこと。
たぶん、私はそれが一番嫌だったんです。
宿題をやらなかったことより、
強く言いすぎてしまったことより、
その後に
「わかってもらえない」
「もう話したくない」
みたいな空気が残ってしまうこと。
それが、後からじわじわ効いてくるんですよね。
その場ではまだ、うまく言葉には
できませんでした。
でも心のどこかで、
今日は宿題をやらせたかったんじゃない。
こんな空気を作りたかったわけじゃない。
そんなふうに感じていたんだと思います。
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夜になってから、自分を責める時間が始まりました
その場では、なんとか時間は過ぎていくんですよね。
息子は無言のまま宿題に向かっている。
私は私で、洗い物の続きや片付けをしたり、お風呂のことを考えたり、次にやることをこなしていく。
だから、その時間はなんとなく流れていくし、いつもの夜と同じように、時間だけは進んでいくんです。
でも、本当に苦しくなるのは、そのあとなんですよね。
家の中が少し落ち着いて静かになって、一段落したあと。
自分のやることがなくなって、ふっと立ち止まった時。
さっきまでのことが、なぜか急に頭の中に戻ってくるんです。
息子がこちらをちらっと見た、あの一瞬の顔。
視線をそらした時の、あの感じ。
変わってしまった重い空気。
そこに対して、何も言えなくなってしまっていた自分。
そういうものが、後になってから、じわじわ自分の中で大きくなってくるんですよね。
「あの言い方、さすがに強すぎたかな」
「またやっちゃったな」
「さっきの一言、もっと別の言い方があったんじゃないかな」
そんなふうに、同じ場面が何度も何度も頭の中に浮かんでくるんです。
昼間はまだ、怒っていた理由の方を考えられるんですよね。
宿題をやらなかったから。
何度言っても動かなかったから。
時間がなかったから。
こっちだって余裕がなかったから。
もちろん、それも本当なんです。
でも、夜になって冷静になってみると、そこだけでは済まなくなってくるんですよね。
不思議ですよね。
「どうせ自分はダメだって思わせてしまったかもしれない」
「また怒られるなら、もう口もききたくないって感じさせてしまったかもしれない」
「ちゃんと育てたいと思っているのに、なんだか逆のことをしているんじゃないか」
そんなことまで、どんどん頭の中に浮かんでくるんです。
そして、何より一番苦しいのは、
このままこういうことを繰り返していったら、
自分が本当に願っている方向とは逆の方に進んでしまうんじゃないか
という怖さなんだと思います。
今日だけなら、まだいいのかもしれない。
でも、昨日もあった。
おとといもあった。
そうやって、同じような夜が積み重なっていったら、どうなってしまうんだろう。
そのうち息子は、
「また怒られる」
「どうせ言っても無駄」
「自分ってダメなんだ」
そんなふうに思ってしまうんじゃないか。
そこまで想像してしまうと、むしろ苦しくなるんですよね。
私は、ここで悩むのって、本当はすごく真面目なんじゃないかなと思っています。
どうでもよかったら、こんなに苦しくなるはずがないんです。
本当にどうでもよかったら、夜になってわざわざ思い返したりしない。
「もっと良い言い方があったのかな」なんて、考えたりしないと思うんです。
ちゃんと 向き合いたい。
ちゃんと 育てたい。
ちゃんと この子の力になりたい。
そう思っているからこそ、後になってから苦しくなるんだと思います。
私もそうです。
だからこそ、私はここで思うんです。
本当に苦しいのは、怒ってしまったこと、そのことだけじゃない。
そのあとに残る、あの嫌な空気。
親子の間に、重たいものがそのまま残ってしまうこと。
関係が切れたような感じのまま、その夜が終わってしまうこと。
そこが、一番怖いんじゃないかなって。
でも逆に言えば、
そこにまだ後戻りできる余地があるなら、
全部が終わりというわけではないのかもしれない。
そんなことを、私は少しずつ考えるようになりました。
怒鳴らない親を目指すより、戻れる親でいたい
私は最近、思うんです。
本当に大事なのは、怒らない親になることなんだろうか、と。
もちろん、怒らないでいられたら、それが一番いいのかもしれません。
毎日穏やかに、優しく、落ち着いて話せたら、そんな理想的なことはないと思います。
でも、実際のところ、そんなにきれいじゃないですよね。
こっちだって、疲れている日があります。
余裕がない日もあります。
仕事のこと、お金のこと、家のこと、自分の体調のこと。
いろんなものを抱えながら、それでも毎日を どうにかまわしている。
その中で子どもとぶつからないなんて、正直かなりしんどいことだし、無理なんじゃないかと思います。
だから私は、怒鳴らない親を目指して自分を責め続けるよりも、
怒鳴ってしまった後に、もう一度戻れる親でいたい
そんなふうに思うようになりました。
言ってしまった言葉は消せません。
なかったことにもできません。
その場で傷つけてしまったことを、完全に取り戻すこともできないかもしれません。
でも、その後にできることまで、全部なくなるわけではないんじゃないかな。
私はそう考えています。
切れたままにしない。
重たい嫌な空気を、そのまま放置しない。
不器用でもいいから、もう一回つながろうとする。
それだけでも、きっと違うんじゃないかなと思うんです。
私は、子どもが本当に求めているのは、親の完璧さではないんじゃないかなと思っています。
一度も怒らないこと。
一度も失敗しないこと。
一度も間違えないこと。
そんなことよりも、
「この人は、ちゃんと戻ってくる」
「ぶつかっても、関係は切れない」
「嫌なことがあっても、これで全部終わりじゃない」
そういう安心感の方が、子どもにとってはずっと大きいんじゃないでしょうか。
宿題をやらせることも大切です。
生活を整えることも大切です。
勉強に向き合ってもらいたいという思いも、もちろん大切です。
でも、その前にもっと土台になるものがある。
それは、
この親子の関係は簡単には切れない
という安心の感覚なんじゃないかなと、私は思っています。
だから、「また怒鳴ってしまった」と思った夜に、そこで全部終わりだなんて思わないでほしいんです。
その夜のうちに何を残すのか。
翌朝、どんな空気で始めることができるのか。
子どもの中に「また怒られる」だけを残して終わってしまうのか。
それとも、「まだ戻れる」という感覚を少しでも残せるのか。
そこには、親としてまだできることが残っているんじゃないかなと、私は思っています。
私は、その方が希望があると思うんです。
怒らない親になることを目指して、自分を責め続けるのは、本当にしんどいです。
でも、怒ってしまった後に、どうやってもう一度つながるかを考えることなら、まだ現実の中でできるかもしれない。
そして、そんな小さな積み重ねが、親子の関係を守る力になっていくんじゃないかな。
そんなふうに思っています。
もし今、
「また怒ってしまった」
「このままでいいのかな」
そんなふうに苦しくなる夜があるなら、どうかそれだけで自分を全部否定しないでください。
苦しくなるのは、それだけちゃんと向き合おうとしたからだと思うんです。
どうでもいいなんて思っていたら、悩んだりしないはずです。
だからこそ、終わりにしない。
切れたままにしない。
そこからまた戻る。
私は、そのことがとても大切なんじゃないかなと思っています。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
もし、
「確かに苦しいのはそこなんだよな」
「怒らないことより、その後の方が大事だよね」
そんなふうに少しでも感じていただけたなら、うれしいです。
この続きとして、4月4日の保護者会で、もう少し具体的にお話しする予定です。
親の何気ない言葉が、子どもの心にどう残っていくのか。
子どもが「もう無理」「また怒られる」と感じる時、心の中で何が起きているのか。
そして、親子でぶつかってしまった後でも、どうしたら関係を切れたままにしないでいられるのか。
そんなことを、皆さんと一緒に考えられたらと思っています。
ご興味のある方は、下記をご覧ください。
「保護者会の詳細はこちら」
https://kihontokiso.com/event/